2018年11月6日(火)
 小さな群れよ。恐れることはない。あなたがたの父は喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。
(ルカの福音書12節32節)

<<関連聖句>>
1.創世記17章1節―7節
2.士師記7章2節―25節
3.マタイの福音書13章31節―33節
<< ヒント >>
 政治の世界にしても、何か物事を決めなくてはいけないとき、この世は多数決で物事を決めやすいものですが、ギデオンに「あなたといっしょにいる民は多すぎるから、わたしはミデヤン人を彼らの手に渡さない。

イスラエルが『自分の手で自分を救った』と言って、わたしに向かって誇るといけないから。」と主は仰せられ300人まで減らされて勝利を与えられたのでした。

ですから、人数が多いか少ないかの問題ではなく、神が共におられるかどうかが一番大切なのではないでしょうか。

主はソロモンが偶像崇拝をしたので「わたしのしもべダビデと、わたしが選んだエルサレムのために、一つの部族だけをあなたの子に与えよう。」と仰せられましたが(列王記 第一 11章4節―13節)、それはユダ部族でした(列王記 第一 12章20節)。

ヤコブは子らを呼び寄せて「集まりなさい。

私は終わりの日に、あなたがたに起こることを告げよう。」と言い、ユダに関して「王権はユダを離れず、統治者の杖はその足の間を離れることはない。

(創世記49章10節)」と預言しましたし、主はダビデに「あなたの家とあなたの王国とは、私の前にとこしえまでも続き、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ(サムエル記第二7章12節―16節)」と仰せられたように、ユダ部族からイエス様は御降誕され目には見えませんがこの世に御国をもたらされたのでした。

御霊の力に満たされたペテロのことばに人々の心が刺され3000人が加えられただけでなく、主は毎日救われる人々を仲間に加えてくださり、世界中にキリスト者が、教会があるではないですか。

ローマ人への手紙11章25節は「イスラエル人の一部がかたくなになったのは違法時に完成のなる時まで」とあります。

宣教に遣わされましたが、価値観が世の人々と変わらない福音書の弟子たちのようではなく、聖霊の力に満たされた使徒の働きの弟子や兄弟姉妹のように目覚めて御国の原則に生きるなら、主が宣教の働きを祝し、小さな群れが、からし種がやがて大木になるように主が人々をお導きくださるのではないでしょうか。

クリスマス集会に主を心にお迎えする方、やがて礼拝に集われる方をお導きくださるように主に期待して祈ろうではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )