2018年10月11日(木)
 人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。わたし、主が心を探り、思いを調べ、それぞれの生き方により、行いの結ぶ実によって報いる。
(エレミヤ書17章9節)

<<関連聖句>>
1.使徒の働き15章4節―11節
2.ローマ人への手紙15章14節―19節
3.ヘブル人への手紙9章1節―14節
<< ヒント >>
 イエス様は「にせ預言者たちに気をつけなさい。

彼らは羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼です。

あなたがたは、実によって彼らを見分けることができます。

ぶどうは、いばらからは取れないし、いちじくは、あざみから取れるわけがないでしょう。

同様に、良い木はみな良い実を結ぶが、悪い木は悪い実を結びます。

良い木が悪い実をならせることはできないし、また悪い木が良い実をならせることもできません。

(マタイの福音書7章15節―18節)」と、どんな実を結ぶかは何の木であるかを語っています。

ところで、今日の聖句は「人の心は何よりも陰険で、それは直らない。

だれが、それを知ることができよう。

わたし、主が心を探り、思いを調べ、それぞれの生き方により、行いの結ぶ実によって報いる。」と生まれながらの人間の心はどのようなものであるかを、また、主が実を見て判断し報いを与えることを語っています。

イエス様は「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。

人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。

わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。

(ヨハネの福音書15章5節―6節)」と良い木であるイエス様にとどまることを語られました。

なぜなら、イエス様を信じる信仰によって聖霊が与えられ、聖霊によって聖なる者とされるからではないでしょうか(ローマ人への手紙15章16節)。

ガラテヤ人への手紙5章22節は「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。

このようなものを禁ずる律法はありません。

キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。」と語っています。

主が問題や試練が臨ことを許されるのは、自分に生きているのかキリスト・イエスにつく者として生きているのかを点検する機会を与えてくださっているのではないでしょうか。

ガラテヤ人への手紙5章16節が「私は言います。

御霊によって歩みなさい。

そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。」と勧めているように、御霊によって歩む、すなわち御霊によって書かれている聖書(テモテへの手紙 第二3章16節)のことばで生きようではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )