2018年9月13日(木)
 俗悪で愚にもつかぬ空想話を避けなさい。むしろ、敬虔のために自分を鍛錬しなさい。
(テモテへの手紙 第一 4章7節)

<<関連聖句>>
1.コリント人への手紙 第一 9章24節―27節
2.テモテへの手紙 第一1章1節―16節
3.テモテへの手紙 第二 3章12節―17節
<< ヒント >>
 箴言27章1節が「あすのことを誇るな。

1日のうちに何が起こるか、あなたは知らないからだ。」と語っているように、人は明日どころか次の瞬間何が起きるかわからない状況の中で生活をしていますが、神は人に考える能力や永遠(口語訳:永遠を思う思い)を与えられたので、さまざまなことを想像して生きてしまいがちになるのではないでしょうか。

しかし、空想とは現実にありえないようなことまでも思い描いてしまうようなことがあるのではないでしょうか。

しかし、みことばは人の将来に関わることだけでなく、この世の終わりについてどのようなことが起こるかをはっきりと預言しており、それは空想話ではなく確実に起きていることを歴史は証明して来ましたし、これからも預言が現実のものとなっていくでしょう。

聖書は非常に現実的であり、今日の聖句は「俗悪で愚にもつかぬ空想話を避けなさい。

むしろ、敬虔のために自分を鍛錬しなさい。」と、キリスト者が現実離れしたような生活をしないように警告するとともに、敬虔、すなわち神を敬って生活するように自分を鍛練するように勧めていますが、それは一般の宗教が説いているような修行ではなく、ヘブル人への手紙12章14節—15節が「すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。

聖くなければ、だれも主を見ることができません。

そのためには、あなたがたはよく監督して、だれも神の恵みから落ちる者がないように、」と語っているように、すべてのキリスト者はこの世を去った後、主を見ますが、信仰の創始であり完成者であり恵みとまことに満ちておられるイエス様から目を離さずに、ダビデが「私はいつも、私の前に主を置いた。

主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない(詩篇16篇8節)」と言われたように、信仰の創始者であり完成者であり恵みとまことに満ちておられるイエス様から目を離さずに、キリストにある者として自分や他者をさばくのではなく、主の平安をいただいて恵みに生き続け、日々主を見る生活をすることを勧めているのではないでしょうか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )