2018年8月8日(水)
 悪をたくらむ者の心には欺きがあり、平和を図る人には喜びがある。
(箴言12章20節)

<<関連聖句>>
1.詩篇32篇1節―2節
2.イザヤ書26章10節―13節
3.ルカの福音書2章8節―20節
<< ヒント >>
 今日の聖句は「悪をたくらむ者の心には欺きがあり、平和を図る人には喜びがある。」と二種類の人間のあり方を語っています。

「心には欺きがある悪をたくらむ者」の原点は、被造物という立場をわきまえず、自分を欺いて神と同等になろうと高ぶったので天から落とされた悪魔(イザヤ書14章13節―14節)であり、悪魔は自分を欺いただけでなく、エバに欺きのことばをもって罪を犯すようにたくらんだように、今もこの世の神とし、人々の思いをくらませて神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしているのです(コリント人への手紙 第二 4章1節―4節)。

一方、「平和を図る人」の原点は、「平和の君」と唱えられたイエス様ではないでしょうか。

ヘブル人への手紙12 章2節は「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。

イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをもものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。」と、語っています。

十字架の死は死をもたらす罪の赦し、死に勝利するいのちがあることを復活によって証明されただけでなく、敵意を葬り去り神との和解を確立したのでした。

かつてキリスト者を迫害し、神に対して敵のように歩んでいましたが、真理を知ったパウロは「もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。

そればかりでなく、私たちのために今や和解を成り立たせてくださった私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を大いに喜んでいるのです。

(ローマ人への手紙5章10節−11節)」と語っています。

イエス様を信じる前は世全体を支配している心に欺きのある者悪魔の支配下にあったのですが(エペソ人への手紙2章2節)、平和を図るイエス様にある者、神の子とされていることを喜んで生きようではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )