2018年8月7日(火)
 わきまえのない者は何でも言われたことを信じ、利口な者は自分の歩みをわきまえる。
(箴言14章15節)

<<関連聖句>>
1.詩篇19篇7節―8節
2.ローマ人への手紙12章2節―3節
3. ピリピ人への手紙1章9節−11節
<< ヒント >>
 ヒューマニズムの人間観は「本質的にはみんな良い人」と主張しますが、聖書は「義人はいない。

ひとりもいない。

・すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。

(ローマ人への手紙3章10節及び23節―24節)」と語っていますが、イザヤ書43章4節「わたしの目には、あなたは高価で尊い。

わたしはあなたを愛している。

だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。」の「わたしの目には、あなたは高価で尊い。

わたしはあなたを愛している。」だけが一人歩きし、高価で尊くされるのは贖われているからであることを語っている1節がないがしろにされ、キリスト者でなくても高価で尊い存在である、と語られている現状があります。

ある教会の礼拝で「人間は御子イエス様を十字架にかけなくてはならないほど尊い存在なのです。」と語られた牧師先生がおられました。

エレミヤ書17章9節は「人の心は何よりも陰険で、それは直らない。」と、パウロは心の葛藤を覚え、「私は、ほんとうにみじめな人間です。

(ローマ人への手紙7章24節)」と語っています。

罪や咎を完全に取り除いてくださるイエス様を信じないかぎり、神のみ怒りを受けるべき絶望的な状況にあることをエペソ人への手紙2章3節は語っています。

今日の聖句は「わきまえのない者は何でも言われたことを信じ、利口な者は自分の歩みをわきまえる。」と語っています。

詩篇14章1節は「愚か者は心の中で、『神はいない』と言っている」と語っていることから、利口な者、すなわち賢い者は神を知っている者ではないでしょうか。

この世だけでなく、キリスト教界で流行っている教えをうのみにせず、みことばに添っているかどうかを吟味し、真にすぐれたものを見分けて歩もうではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )