2018年7月8日(日)
 私の敵。私のことで喜ぶな。私は倒れても起き上がり、やみの中にすわっていても、主が私の光であるからだ。
(ミカ書7章8節)

<<関連聖句>>
1.箴言24章15節—16節
2.イザヤ書1節—2節
3.ヨハネの福音書1章1節—5節 
<< ヒント >>
 エペソ人への手紙6章12節が「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。」と、イエス様はイエス様を殺そうとしているユダヤ人に対して「あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。

悪魔は初めから人殺しであり、真理に立っています。

彼のうちには真理がないからです。

彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。

なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。

(ヨハネの福音書8章44節)」と語っているように、悪魔や悪霊は人を介して働くので、人は、とかく人を敵視してしまいがちですが、まことの「敵」は悪魔や悪霊であることを語っています。

ペテロの手紙 第一 5章8節—9節は「身を慎み、目をさましていなさい。

あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽すべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。

ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。」と、悪魔のえじきにならない秘訣は「信仰」にあることを語っています。

悪魔はキリスト者には触れることはできませんが(ヨハネの手紙 第一5章18節)、火矢を射って来るので、信仰の大楯を取るのを忘れると、倒れてしまうことがありますし、アサフが、この世の誇り高ぶっている者の生き方を見て悩んだように、やみの中にすわってしまうようなことがありますが、神の聖所に入った時に彼が悟ったように(詩篇73篇1節ー24節)、すべてのことを悟らせてくださる主を待ち望んで生きようではありませんか。

なぜならヨハネの福音書1章5節が「光はやみの中に輝いている。

やみはこれに打ち勝たなかった。」と語っているように、やみに勝利された主が私たちの光だからです。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )