2018年6月14日(木)
 民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。
(詩篇62篇8節)

<<関連聖句>>
1.詩篇78篇1節—7節
2.ダニエル書6章3節—23節
3. ローマ人への手紙9章21節—33節
<< ヒント >>
 神は、ご自分の民の苦しみや叫びを聞いておられて、その苦しみから民を救うためにモーセをエジプトに遣わされました(出エジプト記3章7節—10節)。

約束の地の近くに来ると、モーセは「私たちより先に人を遣わし、私たちのために、その地を探らせよう。

私たちの上って行く道や、入って行く町々について、報告を持ち帰らせよう。

(申命記1章22節)」という民の意見に同調して12人の偵察隊を遣わしましたが、偵察から帰った12人のうちの10人は「私たちが行き巡って探った地は、その住民を食い尽す地だ。

私たちがそこで見た民はみな、背の高い者たちだ。

そこで、私たちはネフィルム人、ネフィリム人のアナク人を見た。

私たちには自分がいなごのように見えたし、彼らにもそう見えたことだろう。」と悪く言いふらしましたが、ヨシュアとカレブは「私たちが巡り歩いて探った地は、すばらしく良い地だった。

もし、私たちが主に御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう。

あの地には、乳と蜜が流れている。

ただ、主にそむいてはならない。

その地の人々を恐れてはならない。

彼らは私たちのえじきとなるからだ。

彼らの守りは、彼らから取り去られている。

しかし主が私たちとともにおられるのだ。

彼らを恐れてはならない。」と真実を語りましたが、民はヨシュアとカレブを石で打ち殺そうと言い出したのでした(民数記13章32節及び14章6節—10節)。

ヨシュアとカレブと他の10人との違いは、主のことを考えているかどうかあるのではないでしょうか。

問題が起きたとき、神を信頼して生きているかどうかはっきりするのではないでしょうか。

今日の聖句「民よ。

どんなときにも、神に信頼せよ。

あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。

神は、われらの避け所である。」はヨシュアとカレブのように信仰に生きる秘訣を語っているのではないでしょうか。

心のうちを神に打ち明け、神を信頼して生きようではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )