2018年6月12日(火)
 あなたのみこころを行うことを教えてください。あなたこそ私の神であられますから。あなたのいつくしみ深い霊が、平らな地に私を導いてくださるように。
(詩篇143篇10節)

<<関連聖句>>
1.詩篇27篇11節—14節
2.テモテへの手紙 第一 2章1節—7節
3.ヨハネの手紙 第一 2章15節—17節
<< ヒント >>
 今日の聖句は、神のみこころを知るだけでなく、行うものとなることを願うとともに、いつくしみ深い霊、すなわち御霊の働きについて語っています。

パウロが「いったい、人の心のことは、その人のうちにある霊のほかに、だれが知っているでしょう。

同じように、神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません。

(コリント人への手紙 第一 2章11節)」と語っているように、キリスト者となる前も神に対して熱心でしたが、聖霊を持っていなかったので神のみこころを知らず、キリスト者を迫害していたのでした。

テモテへの手紙 第二 3章16節が「聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。」と語っているように聖書によってみこころをはっきりと知ることができます。

ですから、みことばによって、また、私たちの心に内住しておられる御霊は私たちの良心に働きかけて神のみこころを教えてくださっているので、キリスト者は何が神のみこころかを本当は知っているのではないでしょうか。

問題はローマ人への手紙8章6節—8節が「肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。

というのは、肉の思いは神に対して反抗するものだからです。

それは神の律法に服従しません。

いや、服従できないのです。

肉にある者は神を喜ばせることができません。」と語っているように、「肉」すなわち、自分の思いや考えに生きてしまうことにあるのではないでしょうか。

神にある者として生きるよりも自我に生きるとフラストレーションを抱え心の安定を欠いてしまうのではないでしょうか。

しかし、幸いなことに御霊は神のみこころに従って、私たち聖徒のためにとりなして祈っていてくださるだけでなく、「神を愛する人々、すなわち神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」と語っている(ローマ人への手紙8章26節—27節)。

パウロのように神のみこころに生きたキリストを見上げて生きようではありませんか(コリント人への手紙 第一 11章1節)。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )