2018年4月17日(火)
 イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」
(ヨハネの福音書6章35節)

<<関連聖句>>
1.ヨハネの福音書4章4節—14節
2.ヨハネの福音書7章37節—39節
3.黙示録7章9節—17節
<< ヒント >>
 世に生きているかぎり、世にあるものは必要ですが、イエス様は「わたしがいのちのパンです。

わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」と、ご自身を「いのちパン」と、たとえられ、どんな状況下にあっても世が与えることのできない心の飢え渇きのない人生を保証されたのです。

イエス様は「また、祈るとき、異邦人のように同じことばを、ただくり返してはいけません。

彼らはことば数が多ければ聞かれると思っているのです。

だから、彼らのまねをしてはいけません。

あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。

(マタイの福音書6章7節—8節)」と仰せられました。

人類にとって一番必要なのは、ヘブル人への手紙7章24節—26節が「キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。

したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。

キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。

また、このようにきよく、悪も汚れもなく、罪人から離れ、また、天よりも高くされた大祭司こそ、私たちにとってまさに必要な方です。」と、語っているようにキリストです。

なぜなら、世や人の知恵では解決できない罪や死の解決を与えてくださっただけでなく、私たちの失敗さえも主の手に委ねると、それを主の栄光に変えてくださる方だからです。

心に飢え渇きを覚えたとき、自分の力でなんとかして心を満たそうとするよりも詩篇34篇8節—10節が「主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。

幸いなことよ。

彼に身を避ける者は。

主を恐れよ。

その聖徒たちよ。

彼を恐れる者には乏しいことがないからだ。

若い獅子も乏しくなって飢える。

しかし、主を尋ね求める者は、良いものに何一つ欠けることはない。」と語っているように、主がどんなに偉大な方であるかを、主は私たちの弱さをよくご存じでとりなしていてくださることを思い起こし、すべてを益としてくださる主に期待し、主を見上げて生きようではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )