2018年1月14日(日)
 私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。
(コリント人への手紙 第二 3章18節)

<<関連聖句>>
1.ヨハネの福音書16章12節—15節
2.コリント人への手紙 第二 4章15節—17節
3.ペテロの手紙 第一 5章7節—11節
<< ヒント >>
 オリンピック選手に選ばれるということは栄光への一歩であり、選ばれた選手はメダルを獲得するという栄光を求めて努力をしますが、伝道者の書9章11節が「わたしは再び、日の下を見たが、競走は足の早い人のものではなく、戦いは勇士のものではなく、またパンは知恵ある人のものではなく、また富は悟りのある人のものではなく、愛顧は知識のある人のものではないことがわかった。

すべての人が時と機会に出会うからだ。」と、「日の下」すなわちこの世には保証がないことを語っています。

確かに、その日の体調によって確実視されていた方が栄光を逃してしまうということがあるのではないでしょうか。

今日の聖句は「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに変えられて行きます。

これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」とすべてのキリスト者には神の栄光が与えられていること、その栄光は日ごと輝きを増して行く事を、しかもペテロの手紙 第一 5章10節が「あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。」と朽ちることも消え去ることもない永遠のものであることを語っています。

先日、カヌーの選手がオリンピック選手に選ばれたくて禁止薬物を他の選手に投与したということが報道されました。

彼は反省しておられるようですが、一生そのことを悔いる人生ではなく、永遠の栄光の中に招き入れてくださるイエス様を信じ、キリストを証しする人となりますようにとりなして祈ろうではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )