2018年1月11日(木)
 主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。
(詩篇136篇1節)

<<関連聖句>>
1.サムエル記 第二 7章12節—16節
2.歴代誌 第二 20章11節—25 節
3.ヨハネの福音書1章14節—17節
<< ヒント >>
 主はダビデに「わたしは彼にとって父となり、彼はわたしにとって子となる。

もし彼が罪を犯すときは、わたしは人の杖、人の子のむちをもって彼を懲らしめる。

しかし、わたしは、あなたの前からサウルを取り除いて、わたしの恵みをサウルから取り去ったが、わたしの恵みをそのように、彼から取り去ることはない。

(サムエル記 第二 7章14節—15節)」と約束されました。

確かに、キリスト者であってもこの世を去るまでの間、肉の思いや情に支配され、神が喜ばれないようなことをしてしまいますが、ローマ人への手紙5章20節—21節が「律法が入って来たのは、違反が増し加わるためです。

しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。

それは、罪が死によって支配したように、恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです。」と、ローマ人への手紙8章33節—34節が「神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。

神が義と認めてくださるのです。

罪に定めようとするのはだれですか、死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。」と語っているようにキリスト者は罪に定められる事がないばかりか、「どんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

(ローマ人への手紙8章39節)」と、私たちの行いによって神の愛が取り消されるのではなく、かえって恵みの深さを知る人生が与えられていることを語っています。

今日の聖句「主に感謝せよ。

主はまことにいつくしみ深い。

その恵みはとこしえまで。」を心に据え、主に感謝をささげながら、十字架によってもたらされた恵みに生き続けようではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )