2018年1月10日(水)
 愚かな者の笑いは、なべの下のいばらがはじめる音に似ている。これもまた、むなしい。
(伝道者の書7章6節)

<<関連聖句>>
1.箴言14章12節—13節
2.マタイの福音書7章15節—27節
3.伝道者の書2章1節—3節
<< ヒント >>
 英語で話されている落語家さんのビデオをいただいたので拝見しました。

彼はその中で「笑いが世界を変える」と話され、時折「アッハッは、アッハッは」とことばでは一生懸命「笑い」を表現しておられましたが、その表情から悲壮感が感じられ、箴言14章13節が「笑うときにも心は痛み、終わりには喜びが悲しみになる。」と語っているように、心は憂いでいっぱいな方ではないかと思わされました。

その後、彼は自らのいのちを断たれたことを伺いました。

「笑い」は楽しさや喜びを表現するものですが、今日の聖句は「愚かな者の笑いは、なべの下のいばらがはじける音に似ている。

これもまた、むなしい。」と語っています。

「いばら」を燃やすとパチパチとはじける音を出しますが、煮炊きができる火力はありません。

ところで、聖書が語る「愚かな者」はこの世の見解とは異なって、ローマ人への手紙1章22節—23節が「彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。」と、詩篇14篇1節が「愚か者は心の中で、『神はいない』と言っている。」と、神の存在を認めない人、天地万物を創造された神ではなく偶像を神としている人々を意味します。

お笑い番組は楽しいかも知れませんが、真理を求める心を消してしまうように思わされます。

笑いは一時的に問題や悩みを忘れさせることができるかもしれませんが、解決を与えることはできませんし、深刻な問題や苦悩の中にいる人にはかえって孤独感を増す方向に働き、時には落語家のように自らのいのちを断ってしまうようなことが起こってしまうのではないでしょうか。

伝道者の書2章2節は「笑いか。

ばからしいことだ。

(口語訳:わたしは笑いについて言った、「これは狂気である」と。

)」と語っています。

テレビ番組の製作者に福音が届き真理に目が開かれるように祈ろうではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )