2018年1月9日(火)
 怒っても、罪を犯してはまりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。悪魔に機会を与えないようにしなさい。
(エペソ人への手紙4章26節—27節)

<<関連聖句>>
1.創世記4章1節—17節
2.コリント人への手紙 第二 2章4節—11節
3.ヤコブの手紙1章12節—21節
<< ヒント >>
 カインは主が弟のアベルとそのささげ物とに目を留められたのに、自分と自分のささげ物には目を留められなかったので、ひどく怒り、顔を伏せたので、主は「なぜ、あなたは憤っているのか。

なぜ、顔を伏せているのか。

あなたが正しく行ったのであれば、受け入れられる。

ただし、あなたが正しく行っていないなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。

だが、あなたは、それを治めるべきだ。」と警告しましたが、弟を殺害してしまったのでした(創世記4章1節—8節)。

サウルはイスラエルの最初の王として油を注がれましたが、ダビデがペリシテ人のゴリヤテを打って帰って来たとき、女たちはイスラエルのすべての町々から出て来て、タンバリン、喜びの歌、三弦の琴をもって、歌い、喜び踊りながら、サウル王を迎えたのですが、女性たちが笑いながら「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った。」とくり返し歌ったので、サウルはそのことばを聞いて、非常に怒り、不満に思って「ダビデには万を当て、私には千を当てた。

彼にないのは王位だけだ。」と言い、その日以来、サウルはダビデを疑いの目で見るようになり((サムエル記 第一 18章6節—9節))、彼の人生の目的はダビデを滅ぼすことでしたが、結局サウルは戦死し(サムエル記 第一 31章1節—4節)ダビデが王となったのでした。

今日の聖句は「怒っても、罪を犯してはまりません。

日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。

悪魔に機会を与えないようにしなさい。」と警告しています。

ヤコブの手紙1章20節は「人の怒りは、神の義を実現するものではありません。」と語っています。

カインもサウルもねたみによって怒りがもたらされました。

「ねたみ」は肉の行いである、とガラテヤ人への手紙5章21節は語っています。

怒りを覚える時、その動機がプライドやねたみなど肉の思いからのものかどうかを静まって考え、肉の思いであるなら恵みの座でそのことを告白して赦していただこうではありませんか。

主はすべての人の心を見ておられる事、人をさばく権利は主にしかないことを思い起こし、自分の義に生き、自分を正当化させいつまでも怒りの中に生きるように仕向けて来るサタンの策略に陥らないように、一時的に怒っても怒りに支配されないように信仰の完成者であり、悪魔からも守ってくださるイエス様のことを考えて生きようではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )