2017年11月14日(火)
 主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。
(詩篇23篇3節)

<<関連聖句>>
1.イザヤ書2章1節—3節
2.イザヤ書48章17節—18節
3.エゼキエル書37章1節—14節
4.エペソ人への手紙2章1節—9節
<< ヒント >>
 詩篇1篇1節—6節は「幸いなことよ。

悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。

まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。

その人は、水路のそばに植わった木のようだ。

時が来ると実がなり、その葉は枯れない。

その人は、何をしても栄える。

悪者は、それとは違い、まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。

それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、罪人は、正しい者のつどいに立てない。

まことに、主は、正しい者の道を知っておられる。

しかし、悪者の道は滅びうせる。」と、幸いな人生を歩む秘訣を語っています。

イザヤ書1章4節—5節は「ああ。

罪を犯す国、咎重き民、悪を行う者どもの子孫、堕落した子ら。

彼らは主を捨て、イスラエルの聖なる方を侮り、背を向けて離れ去った。

あなたがたは、なおもどこを打たれようというのか。

反逆に反逆を重ねて。

頭はあますところなく病にかかり、心臓もすっかり弱り果てている。」と、箴言21章8節は「罪人の道はねじれている。

しかし、きよい人の行いはまっすぐだ。」と語っています。

ですから、人はとかく自分の道は自分で切り開いて行くものと考えがちですが、箴言14章12節は「人の目にはまっすぐに見える道がある。

その道の終わりは死の道である(口語訳:人が見て自ら正しいとする道でも、その終りはついに死に至る道となるものがある。

)」と語っています。

今日の聖句は「主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。」と、悪者の道、罪人の道、滅びの道から救われる道は、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。

(ヨハネの福音書14章6節)」と仰せられた私たちの羊飼いであるイエス様以外にないことを心に据え、この世の人の考え方や神のことばを完全に否定し、エバをだました世全体を支配している悪魔のはかりごと、すなわち世と調子を合わせて生きるのではなく、主の教えを説いているみことばに生きようではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )