2017年8月12日(土)
 義人の道は、あけぼのの光のようだ。いよいよ輝きを増して真昼となる。悪者の道は暗やみのようだ。彼らは何につまずくかを知らない。
(箴言4章18節—19節)

<<関連聖句>>
1.詩篇73篇1節—28節 
2.イザヤ書59章1節ー15節
3.コリント人への手紙 第二 3章6節—18節
4.ピリピ人への手紙3章17節—21節
<< ヒント >>
 今日の聖句は「義人の道」と「悪者の道」がもたらす結果を語っています。

ローマ人への手紙3章23節—26節は「すべての人は罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。

神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。

それは、ご自身の義を現すためです。

というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。

それは、今の時にご自身の義を現すためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためです。」と、「義人」となるためにはキリストが必要であることを語っています。

一方、ヤコブの手紙4章4節が「貞操のない人たち。

世を愛することは神に敵することであることがわからないのですか。

世の友となりたいと思ったら、その人は自分を神の敵としているのです。」と、ヨハネの手紙 第一 5章19節が「私たちは神からの者であり、世全体は悪い者の支配下にあることを知っています。」と、またマタイの福音書4章8節に「今度は悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華を見せて、言った『もしひれ伏して私を拝むなら、これを全部あなたに差し上げましょう。』」とあるように、世全体は悪魔の支配下にあるのです。

ですから、「義人の道」はイエス・キリストにあり、「悪者の道」はこの世を支配している悪魔によるもので、人々の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしてしまい(コリント人への手紙 第二4章4節)、罪をもたらす欲望の中に生き続けるように仕向け滅びに向かわせるのです。

ピリピ人への手紙3章21節は「キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。」と語っています。

ですから、今日の聖句は「義人の道は、あけぼのの光のようだ。

いよいよ輝きを増して真昼となる。」と語っているのです。

パウロは世と調子を合わせないように警告しています。

なぜなら、この世は神を知らず、義の道へと導くのではなく、地上のことに心を向かせて神よりもこの世の快楽を愛する者へと導き心を神から遠ざけてしまうからです。

この世のものは必要ですが、この世に属していきるのではなく、すなわちこの世の考え方や価値観に同調するのではなく、キリストの大使として遣わされている立場を忘れずに、いのちのことばを握って栄光から栄光へと導いてくださる御霊なる主を信頼して歩み続けようではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )