2017年8月11日(金)
 何をするにも、人に対してではなく、主に対するように、心からしなさい。
(コロサイ人への手紙3章22節)

<<関連聖句>>
1.マタイの福音書25章31節—46節
2.エペソ人への手紙6章6節—8節
<< ヒント >>
  ヨハネの福音書1章1節—5節は「初めに、ことばがあった。

ことばは神とともにあった。

ことばは神であった。

この方は、初めに神とともにおられた。

すべてのものは、この方によって造られた。

造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。

この方にいのちがあった。

このいのちは人の光であった。

光はやみの中に輝いている。

やみはこれに打ち勝たなかった。」とイエス様について語っているだけでなく、イエス様ご自身が「わたしは、世の光です。

わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。

(ヨハネの福音書8章12節)」と仰せられました。

パウロは律法による自分の義に生きていた時には祭司長たちから権限を与えられていましたが、いのちの光を持たずキリスト者を迫害していたのですが、ダマスコの途上で「サウロ、サウロ。

なぜわたしを迫害するのか」とイエス様から声をかけられ、キリスト者を迫害することはイエス様を迫害していることであることを知っただけでなく、彼はアグリッパ王の前でイエス様から「わたしは、この民と異邦人との中からあなたを救い出し、彼らのところに遣わす。

それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしを信じる信仰によって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせるためである。」と証ししたように、キリスト者はいのちの光を持っているのです。

ですから、主は「あなたがたは、世界の光です。

山の上にある町は隠れることができません。

また、あかりをつけて、それを枡の下に置く者はありません。

燭台の上に置きます。

そうすれば、家にいる人々を照らします。

このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。

(マタイの福音書5章14節—16節)」と、日々の生活においてキリストの光を輝かせて生きるように仰せられたのですが、その秘訣を今日の聖句「何をするにも、人に対してではなく、主に対するように、心からしなさい。」に見ることができるのではないでしょうか。

ダビデが「私はいつも、私の前に主を置いた。

(詩篇16篇8節)」と言われたようにすべての出来事、また人々の背後に主の存在を認めて生きようではありませんか
日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )