2017年4月25日(火)
 「光が、やみの中から輝き出よ」と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。
(コリント人への手紙 第二 4章6節)

<<関連聖句>>
1.ローマ人への手紙7章19節—8章3節
2.エペソ人への手紙1章17節—19節 
3.ペテロの手紙 第二 1章16節—21節
<< ヒント >>
 
パウロはアグリッパ王の前で「私は、私たちの宗教の最も厳格な派に従って、パリサイ人として生活してまいりました。

そして今、神が私たちの父祖たちに約束されたものを待ち望んでいることで、私たちは裁判を受けているのです。

私たちの十二部族は、夜も昼も熱心に神に仕えながら、その約束のものを得たいと望んでおります。

王よ。

私は、この希望のためにユダヤ人から訴えられているのです。

神が死者をよみがえらせるということを、あなたがたは、なぜ信じがたいこととされるのでしょうか。

以前は、私自身も、ナザレ人イエスの名に強硬に敵対すべきだと考えていました。

そして、それをエルサレムで実行しました。

祭司長たちから権限を授けられた私は、多くの聖徒たちを牢に入れ、彼らが殺されるときには、それに賛成の今日を投じました。

また、すべての会堂で、しばしば彼らを罰しては、強いて御名をけがすことばを言わせようとし、彼らに対する激しい怒りに燃えて、ついには国外の町待ちにまで彼らを追跡して行きました。」と語ってから、ダマスコの途上で太陽よりも明るく輝く天からの光を見たこと、イエス様から「わたしは、この民と異邦人との中からあなたを救い出し、彼らのところに遣わす。

それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしを信じる信仰によって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせるためである。」と言われ、自分に与えられている使命を知り、その使命に生きる者とされたのでした。

彼はユダヤ人に対して「私は、彼らが神に対して熱心であることをあかしします。

しかし、その熱心は知識に基づくものではありません。

(ローマ人への手紙10章2節—4節)」と語っていますが、実は、パウロもパリサイ人として生きていたときには、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を持っていなかったのですが、それを知る者となったのは今日の聖句が「『光が、やみの中から輝き出よ』と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。」と語っているように、神のわざであることを思わされます。

パウロの「私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。

また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか。

また、神の全能の力の働きによって私たちを信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものなにかを、あなたがたが知ることができますように。

(エペソ人への手紙1章17節—19節)」という祈りのことばを心に留めて生きようではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )