2017年9月25日(月)
 志の堅固な者を、あなたは全き平安のうちに守られます。その人があなたに信頼しているからです。
(イザヤ書26章3節)

<<関連聖句>>
1.箴言3章1節—10節
2.イザヤ書57章15節—21節
3.ピリピ人への手紙4章6節—7節
<< ヒント >>
 ローマ人への手紙8章15節は「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊をうけたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。

私たちは御霊によって、『アバ、父』と呼びます。」と、世には恐れをもたらす霊の働きがあることを語っています。

ですから、人は問題や悩みがないと心を平安な状態に保つことができますが、人は次の瞬間にも何が起こるかわからないために、健康であっても、ふとした瞬間に「病気になったらどうしよう」「死んだらどうなるのだろう」というような不安は恐れを招く事になり、「恐怖に陥れるような、奴隷の霊」と語っているように、今までの心の平安は消え、恐れに支配されてしまうのではないでしょうか。

ですから、この世は全き平安を与えることはできません。

しかし、イエス様は「わたしは、あなたがたに平安を残します。

わたしは、わなたがたにわたしの平安を与えます。

あなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。

あなたがたは心を騒がせてはなりません。

恐れてはなりません。」と、世が与えるものとは異なる平安を与えてくださることを約束され、人にとって不可能な死に勝利するいのちをご自身の死からのよみがえりをもって証明されたのでした。

しかも、詩篇116篇15節は「主の聖徒たちの死は主の目に尊い。」と語っています。

ピリピ人への手紙4章6節—7節は「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。

そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」と、死だけでなく日常生活においても神の子とされている事を感謝し、思い煩いを私たちの父である主に申し上げるなら、平安の中に生きられる事を語っています。

今日の聖句「志の堅固な者を、あなたは全き平安のうちに守られます。

その人があなたに信頼しているからです。」を心に留め、日々私たちのためにとりなしていてくださる主を信頼して生きようではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )