2018年11月22日(木)
 まことに、主は、ご自分の民を見放さず、ご自分のものである民を、お見捨てになりません。
(詩篇94篇14節)

<<関連聖句>>
1.サムエル記 第一12章6節―22節
2.ヨハネの福音書14章1節―18節
3.ローマ人への手紙8章33節ー39節
4.ローマ人への手紙11章25節―32節
<< ヒント >>
 神殿を建てようと思ったダビデに主は「あなたの日数が満ち、あなたあなたの先祖たちとともに眠るとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。

彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。

わたしは彼にとって父となり、彼はわたしにとって子となる。

もし彼が罪を犯すときは、わたしは人の杖、人の子のむちをもって彼を懲らしめる。

しかし、わたしは、あなたの前からサウルを取り除いて、わたしの恵みをサウルから取り去ったが、わたしの恵みをそのように、彼から取り去ることはない。

あなたの家とあなたの王国はとこしえまでも堅く立つ」と約束されたのでした。

ダビデに約束された永遠の王座と王国は、ダビデの子としてこの世に御降誕されたイエス様によって成就し、イエス様を信じる者は神の子とされ、イスラエルの民同様神の民とされたのでした。

ですから、イエス様はペテロが三度イエス様を「知らない」と否定することも、弟子たちが主を見捨てることを知っていたにもかかわらず、弟子たちに「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。

(ヨハネの福音書14章18節)」と仰せられたのです。

イスラエルの民は神の偉大さを体験していたにも関わらず、主を捨てて偶像崇拝をしたり、サムエルの息子たちがサムエルのようではなかったので、主にさばきつかさを与えてくださるように祈るよりも「どうか、今、ほかのすべての国民のように、私たちをさばく王を立ててください。」と、主を退けたりしましたが、主は民を見捨てることなく彼らの願いを聞いて他の国と同じように王を立てられたのでした。

人には理解してもらえず、捨てられたような感覚に陥ることがありますが、感情に騙されないように今日の聖句「まことに、主は、ご自分の民を見放さず、ご自分のものである民を、お見捨てになりません。」を心に据えて、どんな状況下にあっても主は共にいてくださるだけでなく、私たちの弱さをよくご存知でとりなしていてくださることを覚え、何をもってしても、私たちの失敗さえも、キリスト・イエスにある神の愛から私たちを引き離すことができないことを(ローマ人への手紙8章39節)感謝して生きようではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )